なんで『じーばーず』なの?

当時西武ジュニアの小・中学生は、夏というと軽井沢スケートセンターで約1週間合宿をしていました。
父兄は交代で付き添いに出かけていきました。
ある日見慣れた顔のおじさん・おばさんが、ジュニアの練習後のリンクに集まってきました。
軽井沢バッファローズの父兄たちでした。
おじさんたちはおもむろに防具に着替え始めたのです。
やがて、バッファローズの子供たちも集まってきて子供たちと親たちとの試合が始まったのです。
私たちは羨望のまなざしで、しばらくこの光景に見とれてしまいました。この親のチームこそが『元祖・じーばーず』だったのです。

交流のあった日光・清滝ドラゴンズにも父兄会チームがあり、やはり『じーばーず』と名乗っていたかと思います。
じーばーずと言う名前は、父兄会チームにはふさわしい名前だということで、この名前をいただくことにしました。

なんで、このマークなの?

当時、西武ジュニアのマークは右のものでした。
スピード感があって・強そうに歯を剥き出しにし・スティックを持っています。
これでは『じーばーず』のイメージに合わないので、スピード感のある風を取り除き・歯を抜いて・腰を曲げて・スティックの変わりに杖を持たせ・ビールを持たせました。

ホッケーの後の酒が何よりも楽しみだった『じーばーず』にピッタリのマークでした。・・・今は知りませんが・・・

初代キャプテン・醍醐さんなどは、『昼間ゴルフ・夜ホッケーを楽しんでから、町田まで車で帰る』という生活ぶりでした。ちなみに醍醐さんの当時の勤務先は損害保険会社で、自動車事故でも起こそうものならクビだったそうです。
エッ?今も同じ会社!! ・・・






1995年・ジュニア卒業生中村潮人くんも常時参加するようになり、2着目のユニフォーム(白地のもの)を作りました。

新しい参加者が増えたことと、対戦相手も高齢者が多く、地味な色が多いので、間違えることが多かったのがユニフォームデザイン一新の理由だった。
誰?ユニフォーム替えても、めくらパスが多いなんて言ってるの・・・いいのよね、パックに触れれば・・